一年で一番長い日 31、32確かに、俺は高価なアクセサリーを買ってやることはできなかったけどさ。元・妻の腕を飾っていた時計を思い出した俺は、ちょっと憮然とした。 いつか、俺だってリッチな時計を買ってやる! ロレックスとかロレックスとかロレックスとか、って、他に高価なモン知らないのか、俺。 ・・・ダメだ。パチモン掴まされそうだ。おとなしく国産の時計にしておこう。日本製ムーブメントは優秀だし。ゼロが二つ三つ違おうとも、時間が正確ならいいんだ! バカなこと考えてるな、俺。 元・妻に生活的余裕があるのはいいことだ。だって、ののかは彼女に引き取られたんだし。本当は養育費だっていらないのは知ってる。元・妻は父親である俺に、ののかに関わる口実をくれてるんだ。本当に、出来た女だ。なんで俺なんかと結婚したのか分からない。 さらに分からないのが智晴だ。なんで俺に構うんだか。ま、こいつの場合は、一度内に入れた者は身内っ、てヤツだからかもしれない。男きょうだいが欲しかったらしいし。俺の事、兄貴のように思ってるんだろう。・・・年上の弟だと思ってたら、嫌だな。 その智晴は、ふう、と息をついて言った。 「で、その催眠術にかけられる前は? 誰と飲んでいたとかいうことは覚えてないんですか?」 「それなんだよ」 俺は顔をしかめた。 「確か、最初に俺が入った店にいた二人連れの客がケンカを始めて、仲裁に入ったんだ。そっから意気投合したらしくって、あちこち梯子を・・・」 俺の言葉を聞いた智晴は責めるように俺を見た。俺は両手を上げてみせる。 「分かってるよ、余計なお世話だ放っておけばよかったのに、って言いたいんだろ」 智晴は大きく頷いた。 「お人好し、とも言いたいですよ、僕は」 「お前の姉貴も多分同じことを言うと思う」 俺は肩をすくめる。 「ちょっと聞いてくれ。今夜は高山葵の手がかりを追って<サンフィッシュ>て店に行った。そしたら、俺はバーテンに言われるまで全然覚えていなかったんだが、死体の隣で目覚める羽目になる前の晩、意気投合した二人と一緒に入った店の一軒だったみたいなんだ」 「本当ですか?」 驚いたように目をみはる智晴。そりゃ驚くわな。俺もびっくりしたもん。 「ああ。なんとその上、俺といた二人組のうち、一人は高山葵だということが分かった。バーテンに写真を、お前にも見せただろう? あれを見せたら、二人組のうちの一人と同一人物だっていうんだよ。もう一人も人相風体を聞くと、どうも俺に息子探しを依頼した当の高山・父本人だったように思えるんだ」 ああもう、話しているだけでも頭がぐるぐる渦巻き蚊とり線香だ。 そういえばどっか蚊に刺されたのか痒いかも。 -------------------------- 「・・・何してるんですか?」 智晴が不審そうに訊ねる。 「ああ。蚊がいるみたいだから蚊とり線香」 答えながら、俺はダークグリーンの渦巻きを蚊遣りぶたにセットする。 こいつの丸く開いた口が、いかにもマヌケで心が和む。煙を吐き始めた蚊遣りぶたの、これもマヌケな丸見えの後側から、渦巻きの適当なところに金属製の洗濯ばさみを挟んだ。 「なぜ蚊とり線香に洗濯ばさみを?」 「挟んだところで消えるから、無駄にならないんだ。金属製でないとダメだぜ、プラスチックだと溶ける」 「妙なところで生活の知恵を発揮しますね」 気が抜けたように智晴は言った。 「それがどうして危機管理の方に働かないんだか」 「危機管理って、そんな大袈裟な。今回はたまたま変なことになっただけで・・・」 「あのね。世の中には悪い人がいっぱいいるんです」 小さな子供に言い聞かせるように智晴は続ける。 「知らない人には気をつけないとダメです。お菓子をあげるって言われてもついて行っちゃいけません。あ、あなたの場合はお酒をご馳走されたんでしたね」 「くっ・・・!」 今回は反論できない。確かに、知らない人について行って酒をご馳走されたせいで記憶がなくなったのだ。 「気をつけてくださいよ、本当に。死体になっていたのは、あなたの方だったかも知れないんですからね、義兄さん」 「嫌なこと言うなよ・・・」 もごもごと口の中で呟いた言葉は、無視された。 「それにしても、その高山という父子は怪しいですね」 智晴は考え込む。 「お前もそう思うよな?」 ようやく危機管理の話から離れてくれたと勢い込む俺を、智晴は冷たい目でじろりと睨む。 「あなたにとっての始まりは、高山父子らしい二人連れと出会ったこと。いいですね?」 「あ、ああ」 「そして、今現在は高山の父親から息子の行方を探して欲しいと依頼されている」 「その通りだ」 「<始まり>と<現在>の間に何があったのかは分からない。繋がりがあるのかどうかも分からない」 「う、うん・・・」 俺は智晴の迫力に押されてしまった。 「ミステリには三つの要素がありましてね。フーダニット、ハウダニット、ワイダニット。この三つを解明しなければその事件を解いたことにはなりません。今回、一番重要なのは、ワイダニットでしょう。それが分からないことには、フーダニットもハウダニットも解くことは出来ません」 Who done it? How done it? Why done it? 俺も知っている。「誰がやったか?」「いかにしてやったか」「なぜそれをやったか?」 つまり、犯人・手段・動機だ。 確かに。智晴の言うとおり、<動機>が分からない。どういう理由で、どういう目的で、俺を酔わせて死体の隣に寝かせたのか、マンボウのピアスをポケットに入れておいたのか、それが全く分からない。女を殺した犯人に仕立てたかったとしたら、なぜ警察に通報するなりして死体が発見されるようにしなかったのか。 なぜ、俺が巻き込まれたのか。 俺はいつの間に「巻き込まれ型ミステリー」の主人公になったんだろう。嫌だ。そんなのはヒッチコックの映画の中だけでいい。大統領暗殺の秘密の打ち合わせなんて耳にしてないし、交換殺人なんか持ちかけられてない。 ---------------------------------------- prisonerNo.6は憤っていた。なぜヒッチコックの名作『知りすぎた男』が楽天の中で見当たらないのだ。探し方が足りないのか? 次のページ 前のページ ジャンル別一覧
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